再販売価格維持制度の仕組みについて、みなさんはどれくらい理解していますか?
ドラッグストアやスーパーマーケットでは「安売り」や「SALE」という言葉をよく目にします。
しかし、本屋ではこうした売り文句を文字を目にすることはほとんどありません。
これはいったいなぜなのでしょうか?
その理由はズバリ、「再販売価格維持制度(再販制度)」にあります。
再販売価格維持制度とはいったい何なのか?
そして、再販制度が出版業界にどんな影響を与えているのかについて、わかりやすく丁寧に解説していきます。
再販売価格維持制度とは「本は値引きしてはいけないという決まりごと」
日本には「メーカー同士が価格を決めて維持するのは禁止」という法律が存在します。
それが「独占禁止法」という法律です。
出版業界の専門紙「新文化」のウェブサイトにはこんな説明が載っています。
独占禁止法(正式名称は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」という)は、事業者が他の事業者と共同して商品の対価を決定し維持することを、不当な取引制限に当たる行為として禁じている。
これはどういう事かと言うと、同じ業界の業者は口裏を合わせて価格を一緒にしてはいけませんよ、ということです。
例えば家電のメーカー同士が団結して、家電の価格を不当に釣り上げることは法律違反になります。
A社とB社が、
「なあなあ、◯◯ってデジカメの価格を釣り上げちゃおうぜ」
と、口裏を合わせて価格を維持する(あるいは釣り上げる)ことは禁じられているということです。
つまり、メーカー側は価格を決めることはできず、価格は小売り側(家電でいえば家電量販店)が自由に決めることになります。
そんな法律が日本にはあるのですが、実は本をはじめとする出版物はこの法律から除外されているのです。
法律から除外されているので、出版社は本の価格を自由に決めることができ(家電メーカーとは真逆)、本屋はその価格に従って本を販売しなければなりません。
本という特性上、出版社同士が団結して価格を釣り上げるという行為は起こりにくいですが、何はともあれ、出版社というメーカーは価格を自由に決めて小売り側に強制することができるのです。
なぜ出版社にだけそんな行為が認められるのでしょうか?
ひとことで言うと、本をはじめとする著作物は文化的な価値があるので誰もが平等に楽しむことができるようにする必要があるよね、という視点に立っています。
この説明だけでは、まだまだわかりにくいと思いますので、以下で具体的に説明します。
なぜ再販制度は必要なの?メリットは?
出版物だけが除外されている「再販制度」。
ではこの再販制度はなぜ必要で、出版業界にとってどんなメリットがあるのでしょうか?
まずは教科書的な回答を以下に示します。
- 定価販売により、地域の格差をなくし、全国どこでも同じ価格で本を購入できるため、読者が出版物に接する機会の均等化を図ることができる
- 出版社の自由な出版活動が守られ、多種多様な出版物が供給される
以上が再販制度のメリットになります。1つずつ見ていきましょう。
どこの地域でも、誰でも同じ価格で本が買える
1の「定価販売により、地域の格差をなくし、全国どこでも同じ価格で本を購入できるため、読者が出版物に接する機会の均等化を図ることができる」をわかりやすく言い換えれば、どこに住んでいても、お金持ちでも貧乏でも、平等に本を買えるようにしましょう、ということです。
もし仮に、小売り側(本屋)が本の価格を自由に決められる仕組みだったらどうなってしまうでしょうか。
東京には本屋が多くありますから、本屋は他のお店に負けないように価格競争を繰り広げます。
結果的に本屋が多く、競争の激しい東京では本の価格が下がります。
本の価格が下がるので、東京などの都心部に住む人は本を安く買うことができます。
一方、地方は東京に比べると本屋の数が多くありません。ですから、本屋は価格競争をする必要がなくなります。
そうすると、本屋は価格を下げることなく、販売を行うことができます。
本の価格が下がらないので、地方に住む人は都心部に比べて高い価格で本を買わなければいけません。
このようにして、本の価格を本屋が自由に決められるようにしてしまうと、都心部と地方部で価格に差が生じてしまうため、全国どこでも誰でも平等に本を買うことができなくなってしまうのです。
また、再販売価格維持制度がないと価格競争によって小さな本屋が潰れてしまいます。
いわゆる「街の本屋」はなくなり、都心部の大型書店のみが生き残ることになり、誰もが平等に本に触れることができなくなってしまいます。
この地域格差をなくすことが再販制度のメリットの1つなのです。
再販制度で有名な出版社と無名な出版社が平等に出版できるように
2の「出版社の自由な出版活動が守られ、多種多様な出版物が供給される」をわかりやすく言い換えれば、とてつもなく小さな出版社でも自由に出版活動を行えるようにしましょう、ということです。
ここからは少し経済の知識が必要になるのですが、なるべくわかりやすく解説します。
まず、ここに日本で1番大きな出版社があるとします。
とてつもなく大きな出版社なので、コミックや小説、ビジネス書から雑誌にいたるまで、あらゆる本を大量に出版しています。
一方、ここにもう1つ別に日本で1番小さな出版社があるとします。
とてつもなく小さな出版社で、カブトムシに関する本だけを専門に出版しています。
ここで、本の価格を本屋が自由に決める仕組みが導入されたとします。
本屋はライバルに負けないように、他の本屋よりもできるだけ本の価格を下げて販売をします。
そうすると本はたくさん売れるかもしれません。
しかし、ここで困るのがカブトムシ専門で出版を行っている日本で1番小さな出版社です。
大きな出版社はたとえ価格が下がって利益が減ってしまっても、規模が大きいので影響は少ないといえます。
いわゆるスケールメリットがはたらくのです。
しかし、小さな出版社はただでさえ出版してる本の数が少ないのに、価格の低下で利益が減ってしまっては死活問題です。
このように、本の価格を本屋が自由に決められる仕組みが成り立ってしまうと、小さな出版社が潰れていってしまいます。
そして、仮に大きな出版社がカブトムシについての本を全く出版していなかった場合、カブトムシについての本を読みたい読者は困ってしまいます。
再販制度があれば、小さな出版社でも価格を自由に決めて出版活動を行うことできます。
本屋の奥の棚のほうにある、あまり需要の多くない本の価格が高いのは、小さな出版社が利益をきちんと確保するために価格を決めているからなのです。
大小関係なく、色々な出版社が色々な本を出せるような環境をつくるのが再版制度のもう1つのメリットです。
再販制度がなくなる時代がやってくるって本当?
このように、多様な関心と多様な出版物を守るために機能している再販制度ですが、自由な競争を促進する必要があるのではないかという議論が以前から出版業界と公正取引委員会(公正な競争を監視するための機関)の間で行われてきました。
1980年には本は値下げしてはいけないと法律で決められたとはいえ、すべての本が再販を前提としているのではなく、再販は出版社が自由に判断してもいいのではないかという意見が多くあがりました。
この考えを「部分再販」といい、出版社が再販する本と値下げを認める本を自由に決めることができることをいいます。
また、本を発売して、一定の期間が経過したあとは自由に値下げを認める「時限再販」という考え方も浮上してきます。
小学館などは雑誌の時限再販をスタートさせています(参考:「書店の実売が大幅アップ!小学館が雑誌を100円値引きで販売するワケ」)。
こうした議論が行われてきましたが、2001年に公正取引委員会は文化的・公共的な混乱が生じるかもしれないという理由から再販制度を当面は継続するという結論を発表しました。
これにより、今後しばらくは再販制度が維持される見込みですが、アメリカをはじめとする諸外国では再販制度を廃止しています。
そして、今後の日本の出版業界の在り方を考えると、今後は再販制度の仕組みが大きく変化する可能性があるかもしれません。